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由紀さおりに出産経験はある?2人の夫との結婚・離婚理由と子供がいない衝撃の真実を徹底解説

由紀さおり
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透明感のある美しい歌声で、日本中を魅了し続けている歌手の由紀さおりさん。1969年の「夜明けのスキャット」の大ヒットから現在まで、第一線で活躍されていますよね。

そんな由紀さおりさんですが、プライベートでは2度の結婚(1度は事実婚)を経験されています。「お子さんはいるの?」「なぜ出産しなかったの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。

この記事では、由紀さおりさんの出産に関する真実や、たちとの歩み、そして彼女が選んだ「歌手としての生き方」について、どこよりも詳しく、わかりやすく解説していきます。彼女の強さと優しさが詰まった人生を、一緒に見ていきましょう!

目次

由紀さおりに出産経験はある?子供を持たなかった理由と病気の真実

結論からお伝えすると、由紀さおりさんに出産経験はありません。お子さんもいらっしゃいません。

しかし、それは決して「子供が嫌いだったから」ではありません。そこには、女性としての体調の悩みと、プロの歌手として生きるための、一生をかけた大きな決断がありました。

17歳で発症した「子宮筋腫・内膜症」との闘い

由紀さおりさんは、実は若い頃から女性特有の病気に悩まされていました。17歳という若さで「子宮筋腫」「子宮内膜症」を併発していたのです。

子宮筋腫とは、子宮に良性のコブができる病気で、ひどい腹痛や貧血を引き起こします。由紀さんは、この痛みを抱えながら、あの美しい笑顔でステージに立ち続けていたのです。30代後半になると症状はさらに重くなり、日常生活にも支障が出るほどになりました。

キャリアと出産の狭間で揺れた女性としての葛藤

病気を治すための選択肢は、大きく分けて2つありました。1つは「ホルモン治療」、もう1つは「手術で子宮を摘出すること」です。

しかし、ここで由紀さんに大きな試練が訪れます。当時の医学では、ホルモン治療をすると「声が変わってしまうリスク」があったのです。歌手にとって、声は命そのもの。もし声が変わってしまったら、大ヒットしたあの歌声をファンに届けることができなくなってしまいます。

「自分から歌を取ったら何が残るのか」「応援してくれる母を悲しませたくない」。そう考えた由紀さんは、悩みに悩んだ末、41歳の時に子宮の全摘出手術を受けました。これにより、身体の痛みからは解放されましたが、同時に「出産する」という選択肢は一生失われることになったのです。

子供に関する世間の誤解と現在の心境

ネットなどでは「仕事が忙しくて子供を作らなかっただけ」と言われることもありますが、実際にはこうした体調の苦しみがありました。由紀さんは後に、手術直後の心境を「女性としての自信を失い、どう立ち直ればいいか苦しんだ」と振り返っています。

しかし、現在の由紀さんはとても晴れやかです。子供を産む道ではなく、「歌を通して世界中の子供たちに夢を与える道」を選んだことに誇りを持っています。その証拠に、お姉さんの安田祥子さんと共に、長年「童謡」を歌い継ぐ活動を大切にされていますよね。彼女の歌声は、まるで日本中の子供たちのお母さんのように、温かく響いています。

1人目の夫・大森昭男との結婚生活!父の猛反対を押し切った愛の行方

由紀さおりさんが最初に結婚したのは、23歳の時。お相手は、当時CM業界で知らない人はいないと言われた有名プロデューサーでした。

CM界の巨匠・大森昭男との馴れ初めから電撃婚まで

1人目の夫は、大森昭男(おおもり あきお)さんです。「三ツ矢サイダー」や「ウイスキーが、お好きでしょ」など、誰もが耳にしたことのあるCMソングを手がけた伝説のディレクターです。

2人の出会いは、由紀さんがデビューする前の仕事現場だったと言われています。大森さんは、若き日の由紀さんの才能と美しさに惚れ込み、なんと彼女が高校を卒業する頃にはプロポーズをしていたそうです!10歳年上の頼れる男性として、由紀さんの支えになっていたのですね。

多忙によるすれ違いと「14年間の結婚生活」にピリオドを打った理由

しかし、幸せな結婚生活に少しずつ影が落ち始めます。その理由は、皮肉にも由紀さおりさんの「大ブレイク」でした。

結婚した1969年、由紀さんは「夜明けのスキャット」で一躍スターになります。あまりの忙しさに、夫婦で過ごす時間はほとんどなくなってしまいました。また、大森さんは「妻には家庭にいてほしい」と願う昭和の男性。一方で、由紀さんは歌だけでなくバラエティやコント番組(8時だョ!全員集合など)にも挑戦し、仕事の幅をどんどん広げていきました。

夫は大森さんのライバル会社と由紀さんが仕事をすることを喜ばず、仕事のやり方についても口を出すようになります。自立したプロの表現者でありたかった由紀さんは、これに苦しみ、1976年から別居。そして1983年、14年間の結婚生活に終止符を打ちました。

元旦那との間に子供を授からなかった背景

大森さんとの間に子供がいなかった理由について、由紀さんは後に語っています。結婚5年目、大森さんから「子供が欲しい」と言われたことがあったそうです。しかし、当時の由紀さんは人気絶頂期。「今、チャンスを逃したら、もう歌手として生き残れない」という切実な思いから、「もう少し待ってほしい」と答えたといいます。

この時の選択が、結果として夫婦の溝を深める要因の一つになってしまいました。仕事への情熱がそれほどまでに強かったということでしょう。

2人目の夫(事実婚)柴冨哲也との再婚断念と母の呪縛

1度目の離婚から年月が経ち、由紀さんは40代半ばで運命的な出会いを果たします。今度は、アメリカを拠点に活躍する実業家でした。

アメリカでの運命的な出会い!柴冨哲也との馴れ初め

お相手は、柴冨哲也(しばとみ てつや)さん。アメリカで日本食レストランのプロデュースや、健康食品会社「ジェネシスピュア」の代表を務めていたエネルギッシュな男性です。

由紀さんが44歳の頃、友人の紹介で出会った2人はすぐに意気投合しました。子宮の手術を終え、「女性としての自信」を失いかけていた由紀さんにとって、柴冨さんの存在は大きな救いとなりました。由紀さんは「彼のおかげで、もう一度女性としての情感を取り戻せた」と語っています。

母・安田澄子の猛反対と「事実婚」を選んだ複雑な事情

由紀さんは本気で再婚を考え、なんと「芸能界を引退してアメリカへ渡る」という決心をします。しかし、ここで立ちはだかったのが、実の母親である安田澄子さんでした。

お母さんは、由紀さんが幼い頃から二人三脚で歌手活動を支えてきた最大の理解者であり、プロデューサーのような存在。「あなたの歌声を待っている人が日本にたくさんいる。引退なんて許さない!」と猛烈に反対したのです。親孝行で責任感の強い由紀さんは、お母さんの願いを無視できず、アメリカ行きと正式な再婚を一度は断念しました。

7年間の事実婚を解消した破局理由と死別説の真相

1999年にお母さんが亡くなった後、2人はようやく「事実婚」という形で一緒に歩み始めます。しかし、現実は甘くありませんでした。柴冨さんはアメリカ、由紀さんは日本という超遠距離生活です。

お互いに自分の仕事と拠点を持っており、年齢を重ねる中で「このままの関係を続けるのは難しい」という結論に達しました。2006年、約7年間の事実婚を解消。一部で「死別したのでは?」という噂もありましたが、事実は「お互いの道を歩むための前向きな別れ」でした。由紀さんはこの時、「結局、妻にも母にもなれなかった」と寂しそうに漏らしたこともありましたが、その表情はどこか凛としていました。

由紀さおりの壮絶な経歴と家族背景!姉・安田祥子との絆

ここで、由紀さおりさんの基本プロフィールと、彼女の原点である家族についても触れておきましょう。

本名「安田章子」での苦労時代と「夜明けのスキャット」誕生秘話

由紀さおりさんの本名は安田章子(やすだ あきこ)さん。1946年11月13日、群馬県桐生市で生まれました。

実は、17歳で一度デビューしていますが、当時は全く売れませんでした。キャバレーなどを回るドサ回りの日々が続きましたが、チャンスは意外なところからやってきます。深夜ラジオのオープニングで、歌詞のない「ルールールルルー」というスキャットを歌ったところ、問い合わせが殺到!これが、あの名曲「夜明けのスキャット」となり、彼女の運命を180度変えたのです。

実家の家族構成と両親の教育方針、国籍にまつわる噂を検証

由紀さんのご家族は、父、母、お兄さん、お姉さん、由紀さんの5人家族。お父さんは飛行機工場の工場長を務めていた真面目な方で、しつけには厳しかったそうです。由紀さんが韓国籍ではないかという噂が一部でありますが、これは事実ではありません。由紀さんもご両親も日本国籍であり、純粋な日本人です。若い頃の顔立ちがアジア系の美人だったことから、そのような噂が出たのでしょう。

姉・安田祥子と歩む「童謡」への情熱と現在の活動

由紀さおりさんを語る上で欠かせないのが、お姉さんの安田祥子(やすだ さちこ)さんです。1986年から始まった姉妹での童謡コンサートは、なんと2000回を超えています!

「日本の子供たちに、美しい日本語とメロディを伝えたい」。子供を産まなかった由紀さんにとって、日本中の子供たちに歌を届けるこの活動は、まさに母親としての愛情を表現する場でもあったのです。現在も2人のハーモニーは健在で、多くの人々に癒しを届けています。

まとめ:由紀さおりが「出産」を選ばなかった人生と歌手としての誇り

由紀さおりさんの人生を振り返ってみると、そこには常に「歌手としてどうあるべきか」という強い信念がありました。

2度の結婚・事実婚を経て辿り着いた「おひとりさま」の境地

2人の夫との出会いと別れ、そして病気による出産の断念。普通の女性なら心が折れてしまいそうな出来事ばかりですが、由紀さんはそのすべてを「歌の力」に変えてきました。

現在は独身を貫いていますが、その表情はとても豊かで、充実感に満ち溢れています。「妻にも母にもなれなかった」という言葉の裏には、「その分、私は歌と結婚し、ファンの皆さんの母になった」という覚悟が隠されているような気がしてなりません。

ファンが支持する「母ではない」一人の女性としての生き様

由紀さおりさんの生き方は、結婚や出産がすべてではない現代において、多くの女性に勇気を与えています。自分の才能を信じ、何があっても前を向いて歩き続けるその姿は、どんなヒット曲よりも雄弁に、私たちの心に響きます。

これからも、その唯一無二の歌声で、日本中、そして世界中に愛を届けてほしいですね。由紀さおりさんの今後の活躍からも、目が離せません!

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